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レッスンの受け方

今、いつになくゆったりとした時間を過ごしている人も多くいると思います。
こんなときだからこそ、考えてみて欲しいな、と思うことがあります。
それは『受け取り方』についてです。
音楽を演奏する人がいれば、音楽を聞く人がいます。指導する人がいれば、それを受ける人がいます。

今回は『指導を受ける』生徒の立場で、その『受け取り方』について触れていこうと思います。
実は意外と多くの人が、この『受け取り方』を誤っているがゆえに、自分にとって大切なことをスルーしていることが多くあります。
本当に大切なことに気づけないのもそのためです。
これから書いていくことが理解できると、あなたは『受け取り上手』になっていけるはずです。

今を味わえてる?

食事をするときのことをイメージしてみてください。
『あ〜、ゆっくり食べてる時間がもったいないわ。』
『手軽に手早くお腹を満たしたい。お腹が満たされればそれで良い。』
そんな風に思ったことは、誰しもあると思います。

テレビを観ながら、スマホを触りながらの「ながら食べ」もよくありますね。
栄養素や、カロリーの数字ばかりをやたら気にする人もいます。食べ物を数字で見ている人です。

こんな食べ方をしていると、いくら農家の人たちが丁寧に作った食材を使って、料理人が精魂込めて調理したとしても、ろくに味わうことなんてできませんよね。
ましてや、食材の持つエネルギーを感じたり、料理人の心を汲みとることなんてできるはずもありません。
そういう食べ方をしてしまうときというのは、心がここにいないときです。

まさに、心ここにあらず。

時間がもったいないと思ってしまうのは、次にやることを考えているからです。そういう人たちからは、常にどこか焦った空気が漂っています。つまり、『今』ここにいる、という意識と繋がれていないのです。

『今』にいない、ということは、『今』を味わえていない、ということです。

『今』という自分の中心軸に繋がり、
『今』を楽しむことができさえすれば、
私たちはより深い満足感を得ることができます。

過去にとらわれてグジグジと後悔したり、未来を危惧して不安に苛まれることもありません。私たちは満たされたとき、あれも欲しい、これも欲しい、とはならないのです。そして、自分にとって本当に必要なものは何か、ということもはっきりと分かってくるものです。

受け取るにも練習が必要。受信機のセンサーの感度をあげよう。

レッスンを受けるときも、この『今』を意識することがとても大事なことです。
それは同時に、自分にとって良いものがやってきたときに、スルーすることなく、ちゃんと受け取ることができるということです。
いくら先生に大切なことを言われていたとしても、それを受け流してしまったり、自分にとって大切なことだ、ということすらもわからなかったりする場合があります。先生に言われたことがピンときていない状態のことです。こういうレッスンの受け方はとても勿体ないです。
いくら聞いているつもりでも、深くを受け取ることはできません。
そして実際、こういう生徒はとてもたくさんいます。

いろんな先生のレッスンを渡り歩く人も同じような特徴があります。そういう人たちは、手っ取り早く、効率よく上手くなりたいと思っていて、短時間で習得できるエッセンスのようなものを求めていたりします。手っ取り早く、栄養があってお腹が満たされるものを求めているようなものです。
深く味わうことをせずに、表面的な部分しか見ようとしていないので、当然、大切なことを言われていても気づけません。

受け取り上手になるためには、日頃からの練習が必要です。
それは『今』に繋がるという練習です。

今、美味しい食事に感謝しながらじっくりと味わうこと、
今、美しい音楽をしみじみと美しいと感じること、
今、自然の空気や風に触れて、心地よいと感じること、
今、幸せに感じること、悲しいと感じること、不安に感じること、

こんな風に、『今』を噛み締めてみるだけで、
心を癒すことも、豊かに潤すこともできます。
『今』自分の心と繋がるとは、そういう感覚です。

それができるようになると、今自分にとって必要なもの、そうでないものを判別するセンサー(受信機)の感度がより高まるのです。

真実や、本質的なものほど、実はとてもスルーしやすいものだったりします。真実は『真実ですよ。』って分かりやすい顔をしていません。ふと、見逃してしまうほどに、身近に当たり前に存在していたりするのです。だからこそ、このセンサーの感度を高めておくことはとても大事なことなのです。

『今』と繋がることができるようになると、受け取るために必要な「器」を持てるようになっていきます。

受け取る側に器がないと、指導者は実際には何も教えられないのです。

けれども、ここで押さえておきたいポイントは、受け取り上手になることと、受け身であることは別物だということです。

受け取り上手だけど、受け身じゃないとは?

私たちが指導するときに心掛けていることは、指導者と生徒が、2WAYの関係である、ということです。
それは、指導者が一方的に上からものを言い、生徒は指導者に言われたことに対して、ただただ受け身で忠実であるような、一方通行の指導ではなく、お互いに対話や協力をしながら、高め合い、学んでいくという在り方です。

対話を重ねていくことで、お互いを尊重する気持ちや、信頼関係も育まれていきます。

私がフランコ先生の元で学びながら感じていたことは、
『私はフランコ先生との共同作品なんだ。』ということです。
決して、自分一人で歌が上手になった、なんてことはあり得ません。

今でももちろんそう思っているからこそ、『私はフランコ先生のおかげで、今こうして歌っていられます。』といつも言っています。先生とは、良いときも悪いときも共に乗り越え、学んできました。

生徒は、自分が音楽家として良く変わっていくため。
先生は、生徒をより良い方向へと導くため。
先生と生徒は共に同じ目標に向かって歩むためのチームのような感覚があります。

フィギュアスケートの選手とコーチのような。テニスの選手とコーチのような。
と言ったらイメージしやすいかもしれません。

この感覚は、なかなか日本のクラシック音楽界では、受け入れ難いというか、理解し難いかもしれません。日本の文化的背景には、上下関係が存在し、生徒は先生を崇めるように、先生の言うことは絶対、というような空気感があります。
けれどもそれは、音楽を学ぶという点においては、制限でしかありません。
上下関係の元、一人の音楽家を「思考、精神、技術」に至るまで、全て包括して導くことは不可能です。

夫が先日、生徒にこう言っていました。
『君が車だとするならば、クラリネットを演奏することだけなら、言ってみれば、それは車の操縦席に座って、ハンドル操作をするだけのことだよ。最も大事なのは、エンジンが良く機能しているかどうか。エンジンというのは、君でいうところのブレイン(思考)だよ!』と。

お互いの対話なくしては、一人の人間の思考や、在り方にまで関わることなどできないのです。
そして、そこまで関わらなければ、はっきり言って何も教えてないことと同じくらいのことでもあります。

もし、その指導者が真の指導者であるならば、指導者にも成長の過程があり、学びながら、進歩し続けています。指導者たるもの完璧でなくてはいけない、となると息苦しいものがあります。

完璧な指導者なんていません。
指導者は、生徒の歩む道のずっと先を歩んでいる人で、その道の歩みを前もって経験しているからこそ、方向を示し、歩み方を指導できるのです。
指導者だって、生徒のずーっと先ではあるけれども、やはり同じように歩み続けています。決して、ゴールで手を振りながら、こっち、あっちと指南しているわけではありません。

あなたと同じように、歩み続け、学び続けている人なのです。
だからこそ、お互いが成長し合える、高め合える関係性が、指導者と生徒の間にはとても大切なのです。それが、指導する私たちも、レッスンを受ける生徒さんたちも、お互いが満足できるレッスンを目指している理由です!

学びには終わりがありません。だから楽しいのです。
今、この時期、変わることを望む人はハイスピードで変わっていけますよ!
『変わること』=『気づくこと』です。
そのためには、『今』と繋がる、が大事なテーマだな、と最近強く思います。

 

 

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